世界のIT人材事情–人材不足国(6)・人材供給国(4)

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2018.11.15

 今回は、人材不足と人材余剰が共存しているようなオーストラリアと韓国を紹介する。韓国の場合、経済の低迷やいびつな労働市場が要因でもあるが、両国とも、基本的に「すぐに戦力になるIT人材は不足しているが、訓練すれば使えるかもしれない人材は余っている」ということではないかと思われる。

オーストラリア

  オーストラリアは、アメリカやニュージーランドと似た状態で、IT業界は「人手不足」を叫ぶものの、エンジニアらは「業界は海外から安い労働力を得たいだけだ」と反発している。経済は好調であるにもかかわらず失業率が減らず(5~6%)、賃金も上がらない中、そうした声が高くなり、豪政府は外国人雇用を規制するために、昨年、就労ビザ法の改正に踏み切った。

人材不足

経済のデジタル化により、2016~2017年、オーストラリアでは新たに4万人の職が創出されたという。現在、ICTがGDPに占める割合は5.1%だが、2020年までには7%に増えると予測されている。IT人材の需要は、2017年に前年比3.5%伸び、2023年まで年間2.7%伸びると予想されている。2023年までに10万人の人材が新たに必要で、オーストラリアがITで世界的なリーダーになるには、さらに10万人が必要だと業界団体が警鐘を鳴らしている。(※1)

※1  “ACS Australia’s Digital Pulse: Driving Australia’s international ICT competitiveness and digital growth 2018”

・スキルギャップ/学校教育
 2003年には、IT専攻のオーストラリア人大学生は6500人だったのが、2016年には4000人に減少している。理数系専攻の学生も、年々、減り続け、20年来の低水準である。
 同時に、オーストラリアの児童の学習到達度調査(PISA)の理数の成績が、アジア諸国だけでなく、ニュージーランドやカナダにも劣っていることが懸念されている。過去数年、学校では、カリキュラムにデジタル技術が取り入れられているが、他国に比べ、鈍足感が否めない。
 先の調査によると、学校教育が変わらない限り、今後5年で、ICT人材の75%を海外からの雇用に頼らなければならないという。

・人材流出
 オーストラリアではシリコンバレーで成功した豪起業家のサクセスストーリーが語られ、同じ英語圏ということもあり、優秀な人材はシリコンバレーを目指すことが多く、2年ほど前には「人材流出で豪IT業界は危機」という声も上がっていた。
 理数系学生も、国内での就職が難しいことから(2017年の新卒のフルタイム就職率は59%で前年比2ポイント下落しており、専攻別でクリエイティブアートに次いでワースト2位)、海外を目指す傾向が強い。(※2)

※2 “2017 Graduate Outcomes Survey: National Report January 2018”

人材不足ではない?

オーストラリアでは、2016年時点で、新卒の3割が大学卒業後4ヵ月以内にフルタイムの職に就職できなかったという。就職率は2014年の68%からは向上しているものの、金融危機以前のレベル(85%)まで回復していない。また、新卒の3分の2が仕方なく専攻とは関係のない分野の仕事に就いており、フルタイムで働く新卒者のうち3割が「能力・スキルが十分生かされていない」と感じている。
 また、マンパワーやIndeedの世界比較調査によると、労働市場全体では、オーストラリアのスキル不足指数は、世界平均を下回っている。(※3)
 IT業界でも、シリコンバレーで働いて戻ってきたオーストラリア人が、仕事を見つけるのに半年かかったという例もある。それには多くの豪企業が「経験3年」などの足切り条件を課しており、それに満たない応募者は自動的にはじかれることが一因だという。
 先述の調査では、コンピューター・IS専攻学生の(卒業後4ヵ月以内の)フルタイム就職率も73%である。企業が自社で人材を育てるよりも、即戦力となる人材をリクルートすることを好む、というのもアメリカと同じ状況である。これに対して「シニア職に就きたい若者を自国で育てるべきだ」という批判は少なくない。
 しかし、IT業界は、オーストラリア国内に適格な人材が見つからないのは主にシニア職で、必要なスキルには実務を通してしか習得できないものもあり、実務経験が要すると反論している。

※3 ”2018 Talent Shortage Survey: Solving the Talent Shortage”

・就労ビザ法改正
 「オーストラリアファースト」政策の一環として、かつ「就労ビザから永住権への切り替えが簡単すぎる」という批判もあり、昨年、豪税府は、就労・移民ビザ法を改正し、今年から施行された。これによって、オーストラリア国内では得られないスキル人材向け「457就労ビザ」の該当職種が200ほど減り、応募資格条件も厳格化され、「国内では人材獲得が不可能」という証明が雇用主に義務付けられた。かつ、ビザ申請料や雇用主が外国人社員一人あたりに払う料金も引き上げられた。この改正により、ビザ発給数が年間13万から7万に激減することとなった。(※4)

※4 昨年時点で9万人以上が同ビザを所有していたが、そのうちの22%がインド人で、ビザ制度改正によって、もっとも影響を受けるのはインド人と考えられている。

 しかし、プロダクトマネジャーやUX スペシャリスト、システムアドミなどが長期ビザリストから外されるなど、法改正に対し「優秀な人材を海外から呼び込めなくなる」とIT業界からの反発は大きかった。オーストラリアで1300人以上を雇用しているグーグルも「海外からしか調達できないスキルもあり、今後オーストラリアでの採用方針を変更することを余儀なくされた」と豪政府に抗議した。(ただし、各種プログラマーやソフトエンジニア、システムエンジニアは、新たな中期・長期ビザ職種リストに含まれている。)
 そこで豪政府は、とくにIT業界に向け、今夏より1年間、Global Talent Schemeという新たなビザの試験展開を行うこととなった。大企業は年収が最低18万豪ドルの職であれば(オーストラリア人社員へのスキル譲渡が可能であることから)、職種に関係なく、最高20人まで海外から人材を雇うことがが許され、スタートアップ企業では、年収53,900豪ドル以上の職に5人まで雇うことが可能となった。
ただし、いずれの場合も、「国内では人材獲得が不可能」という証明が必要で、かつ経験3年、オーストラリア人へのスキル譲渡が可能などの条件が伴っている。

韓国

 日本よりも一足先に海外からの雇用確保のために移民政策を見直した韓国では、人手不足と就職難が共存している。人手不足は主に単純労働職種で顕著であり、就職難は大卒者に見られる。しかし、韓国政府によると、ソフトウエア人材は不足しており、2022年までに、AI、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、クラウドコンピューティング、ビッグデータ関連で3万2000人の人材が不足すると予想している。

人材不足

 韓国も、とくに単純労働職で人材不足であり、日本に先駆けて海外就労者・移民政策の見直しを行った。外国人居住者の割合は2015年時点で人口の3.4%に達している(日本は2%)。

・生産年齢人口の減少
 韓国では、昨年初めて、生産年齢人口が前年比減少に転じた。65歳以上が急増し、幼少年人口の割合を上回り(14%vs13%)、本格的な「高齢社会」に突入している。 日本は「高齢化社会」から「高齢社会」に進むのに24年を要したが、韓国では17年で達しており、世界的に稀な速さで高齢化が進行している。

 韓国では1960年代から出生率は低下の一途で、1990年代のアジア通貨危機以降、低迷したままである。2017年には1.05、今年は0.96と予想されており、世界最低を記録すると見られている。(※5)若者の未婚率も増えており、韓国の場合、通貨危機後、大規模なリストラが行われ、非正規雇用が増えたことが一因と考えられている。

※5 CIAの数字では、2017年にシンガポールとマカオが1を切っていた。

・高等教育
一方、韓国は、高等教育(大学または専門学校など)を受けている割合がOECD加盟国の中で一番高く、(※6)3K的な仕事を敬遠する若者が多い点も、単純労働職での人手不足につながっている。

※6 25~34歳の年齢層の70%。日本は60%で、カナダに次いで3位。25~34歳の年齢層の70%。日本は60%で、カナダに次いで3位。
   
・移民政策
韓国では、2000年、不法就労者が増えたこともあり(2002年時点で海外就労者の7割が不法)、民間斡旋業者の排除などを含め外国人労働者の受け入れ制度を抜本的に改正し、2003年には単純労働者向け短期ビザ制度(EPS)を開始した。なお、日本と同様の問題に面していた(奴隷制度的な)研修生制度は2006年に廃止され、EPSに統合された。昨年には、製造業での人手不足を補うために、必要なスキルを備えている指定大学の留学生は、学生ビザから就労ビザに変更できるようになった。
 民間に任せている日本とは違い、韓国では、全国に多言語で対応可能な支援センターを設けるなど行政による受け入れ態勢を整えている。ただし、EPSは成功例と考えられているが、「現代の奴隷制度だ」といった批判は韓国内でもあり、昨年、大規模な外国人労働者デモが起こっている。

若者の就職難

 韓国では、全体の失業率は3.6%と低いものの、若年層(15~29歳)の失業率が8.8%と高いままである(9月)。8月には若年層の失業率は10%に達し、1999年のアジア通貨危機以来の悪化ぶりであった。
韓国の有効求人倍率は6月時点で0.65倍で(日本は7月時点で1.63倍)、アルバイトを見つけるのも容易ではないという。就活学生を含む実質的な失業率(青年拡張失業率)は8月に23%に上がり、19年ぶりの最悪水準となっている。
 文政権は、大企業に対する増税、最低賃金の引き上げ、非正規雇用の正規雇用への移行など格差是正を公約に庶民の支持を得た。最低賃金は、今年16%以上引き上げ、来年はさらに10%引き上げることが決まっている。しかし、これに対する中小企業の反発は大きく、GDP(2~3%)を大きく上回る賃上げが、労働コストの上昇、雇用減少につながっているとの批判がある。  
 今年に入り、国内投資が下落、民間消費も減速し、経済は失速している。米中貿易戦争は、韓国経済にとってさらなる打撃で、今後も就職難は続きそうである。

・大企業志向
 韓国では、一流大学を出て、財閥系大企業に就職するのが理想とされ、非常に狭き門を狙って、子供のころから激しい受験戦争が繰り広げられる。大学卒業後のスペック重視の就職戦線は、さらに過酷であり、コネもカネもない大半の中流層には勝てないのだが、賃金レベルが大企業の半分という中小企業への就職を毛嫌いする。そこで、海外への就職を目指す若者が増えている。(韓国の中小企業に就職するくらいなら、日本の大企業に就職したい。)

・海外流出
 韓国では、数年前から「ヘル朝鮮」という言葉が使われるようになったが、とくに若年の間で失業率の高さや縁故採用、経済格差、長時間労働などによる社会への不満が募っている。ひと昔前の「三放世代」があきらめた「恋愛・結婚・出産」に加え、今の若者は「就職・マイホーム・夢・人間関係」もあきらめた「七放世代」と呼ばれる。
 昨年末の就活サイトでのアンケート調査では、回答者の63%が「韓国はヘル朝鮮だと思う」と答えている。同アンケートでは、54%が「海外への脱出を考えたことがある」と答え、56%が「他国に移民できれば韓国籍を捨ててもいい」ともいう。
 実際、韓国国籍を離脱した人の数は、2017年、前年の倍以上に増えており、国籍離脱者が取得した国籍は米国が一番多く(9万4908人)、次いで日本(5万8870人)、カナダ(3万2732人)が続いた。

・日本での就職支援
 韓国では、朴政権時代から、国をあげて若者の海外就職支援を行っているが(K-MOVE)、これを通じて、昨年、海外に就職した若者は5118人と、3年で3倍に増えている。就職先は日本がもっとも多く、27.8%(1427人)を占め、4年で5倍近く増え、アメリカを抜いている。その後、シンガポール、オーストラリア、ベトナム、中国、インドネシアが続く。なお、2017年の海外就職者の67%がオフィスワークかサービス職に就いている。
 日本の法務省によると、日本で働く韓国人(在日韓国人を除く)は、毎年、増え続けており、昨年、「技術・人文知識・国際業務」ビザを取得した韓国人は2万人を超え、前年比14%増となった。日本で働く韓国人は、昨年時点で計5万6000人近くに達し、5年で76%増加している。
 就職難に悩む若者を送り出したい韓国財界と、人手不足に悩む日本の財界の利害が一致した形で(韓国の全経連が経団連に泣きついたとの説も)、韓国での日本企業による会社説明会などが行われている。
 また、韓日経済協会が韓国人を採用したい日本企業を探し出し、全国経済人連合会(全経連)が教育のための会場を提供して、傘下の教育専門機関が研修を運営するという研修プログラムも発足している。
 両国政府は、今後5年で、日本で韓国の若者1万人の就職を目指す「韓日つなぎプロジェクト」の推進を発表している。

IT人材

 厚生労働省によると、昨年時点で、日本の情報通信産業で働く外国人は、中国人(2万5000人)に次ぎ韓国人(8000人近く)が二番目に多い。(※7)両国の人口を考えると、日本で働く韓国人の割合の高さがうかがえる。
 日本では、スペックよりも潜在力重視で、文系でもエンジニア職で採用して社内で教育をする企業もあるため、それを魅力に感じる韓国人学生もいるようだ。

※7 厚生労働省:「外国人雇用状況」の届出状況まとめ」

・AI人材流出
 最近の韓国政府の調査によると、政府のデータ保護規制により、AI開発者が韓国を離れているという。カカオトークアプリで知られるカカオ社では、必要なAI開発者の3割しか採用できておらず、規制緩和を政府に訴えている。

政府の対策

 ソフト開発者の不足は、教育制度が市場のニーズにマッチしていないことが原因と考えられており、韓国政府は規制を緩和し、研修プログラムの向上を目指している。
 同政府は、IT業界の発展のために、2022年までにAIやクラウトコンピューティングを含むソフトウエア部門の職を新たに2万4000人分増やし、来年までにソフトウエア教育に力を入れる大学の支援を25校から35校に増やすと発表している。
 また、AI専門の大学院を設立して、4000人のエンジニアや科学者の輩出を目標とし、成長の可能性があるAIやVRの中小企業150社にメンタリングサービスを提供するという。
 AI分野では、中国との差を縮めるため、2022年までにAI研究開発に20億米ドルを投資する国家計画を打ち立てている。新たにAI研究所を6つ開設し、2022年までに350人の主要研究者を含む1370人のAI人材を養い、AI分野で世界のトップ4に入ることを目指す。AI人材の不足を補うために、2021年までに600人の若き人材を輩出するために、半年の集中研修を行い、大学にもAIコースの開設を促すという。

 将来、韓国内の労働市場が改善すれば、日本企業で経験を積んだ韓国人就労者(エンジニア)が韓国企業に引き抜かれるという可能性もある。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。