ここ数年、シリコンバレーも、女性やマイノリティを登用しない白人男性優位主義であると糾弾されているが、とくに先進国では、エンジニアを含め理数分野で女性の比率がなかなか増えない状態が続いている。それどころか、アメリカやカナダでは、理数系を専攻する女子学生が、以前に比べ減少している。
日本でも、2016年に女性活躍推進法が施行されたが、男女雇用均等のためだけでなく、人材不足緩和の一策として、各国でIT業界での女性活用のための施策が進められている。
工学部の女性の割合が多いのは新興国
ユネスコの『科学白書2017年版』によると、多くの国で大学に進学する女子の割合は全体の半数、または男子より多いにもかかわらず、生命科学を除き、理数分野では女子の割合が低い。中でも、低いのが工学部である。
2012~2013年の少し古いデータではあるが、国別に見ると、工学部卒業生に占める女子の比率はカナダ、ドイツ、アメリカで19%、フィンランドでは22%である。韓国、日本は、わずか10%、5%であり、日本はOECD加盟国中、最低であった。
工学部卒業生に占める女子の比率が多い国は、キプロス55%、デンマーク38%、ロシア36%などである。概して、新興国の方がエンジニアに占める女性の比率が高く、コスタリカ、ベトナム、UAEでは31%、アルジェリア32%、モザンビーク34%、チュニジア41%、ブルネイ42%。マレーシアでは50%、オマーンでは53%に達している。
とくにアラブ諸国では、2000年ごろから女性のエンジニアの増加が著しい。たとえば、UAEでは、ナレッジ経済発展のために、科学や工学・技術分野での人材開発の必要性を政府が認識したことが後押しとなった。UAEでは就労者の9割近くが外国人で、UAE籍市民(Emirati)の就労比率は1%と低い(高福祉のため、働かなくても食べていけるので就労意欲が低い)。また、Emiratiの多くは高給の公務員になるのだが、若年層の増加により自国民が全員公務員になることが難しくなっているため、政府は、自国民の人材開発、民間雇用を促進し、かつ女性の就労増加を促す政策をとった。
Emiraiの女子学生は、工学部選択の理由として、経済的自立、高い社会的地位、クリエイティブでやりがいのあるプロジェクトへの参加機会、広範囲にわたるキャリアの選択肢を挙げている。
インドでも工学部に進む女子の増加が顕著だが、これも就職の機会が増えるだけでなく、結婚のためのスペックが向上するのを親が好むという点が要因にある。インドの中流以上では、男女ともに、宗教や容姿以外に学歴やキャリアも大事な結婚条件であり、息子だけでなく、娘にも医学部や法学部に並んで、工学部への進学を勧める傾向がある。また『世界のIT人材事情ー人材供給国(1)』で述べたように、工学部の乱立も、工学部に進学しやすい状況を産み出している。
・コンピューター科学
コンピューター科学に至っては、2000年から2012年にかけ、多くの国で女子学生の割合が減少している。とくに、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、アメリカなどの高所得国で顕著である。例外的に、同時期、女子の割合が増えたのは、デンマーク(15%から24%に上昇)とドイツ(10%から17%)、トルコ(29%から33%)であった。
なお、マレーシアでは、IT分野の就労者の半数が女性である。これは、IT産業が栄える前から、マレー系電子業界で女性が活躍していたことと、マレー系優勢政策により、ITに興味のあるマレー系男性は少ないため、マレー系優先枠がマレー系女性によって占められることが要因である。また、給料も社会的地位も高いため、家族の後押しも得られる。
選択肢が狭いほど有望キャリアを選択
上述の『科学白書』で、男女平等指数が低い国の方が高い国より理数系を選択する女子が多いことが判明した。その理由を探った英米の調査では、男女平等指数が低い国では、女性のキャリアの選択肢が狭い分、かつ家族の応援を受けにくい分、女性は一番稼げる分野に専念するのではないかと推測している。男女平等が進んでいる国の方が、女性のキャリア選択肢が広く、自分の得意分野や好きな分野を選べるというのだ。
たとえば、チュニジアやヨルダンでは、高校卒業時点で生徒は全国統一試験を受験するのだが、その成績で自動的にキャリアパスが決まるという。成績のよい順に、医学部、工学部、法学部と振り分けられる。工学部専攻の女子は、自らの意志で工学部を選んだのではないというわけだ。専攻を人文系に変えることも可能なのだが、成績の低い学部に転向することになるだけでなく、子供のころからの親(とくに父親)の期待を裏切ることになるので、変える学生は少ない。(日本では、親が医者だからと、子供も医者になることを期待される家庭など、いくらでもあるが、それと同じ。)
つまり、個人の意思にかかわらず、女性の技術者を増やしたければ、政策によって可能ということになる。日本の場合、長年、専業主婦世帯の税的優遇などで、「働かなくても食べていける」という選択肢を女性に与えてきた。(アメリカでは、もう20年ほど前から、一人の稼ぎで食べられるのは”贅沢”と考えられてきた。)その結果、近年、離婚が増加し、貧困に陥るシングルマザーも増え、女性の貧困が社会問題にもなっている。
女子は理数が苦手なわけではない
後述する東欧を含む旧ソ連地域では、ソ連時代の理数重視教育および男女平等政策の影響で、理数分野で活躍する女性が多く、女子が先天的に理数系を不得意とするわけではないことがわかる。
理数科目に関する男女差を調べるために、67ヵ国の50万人近くの生徒のデータを英米の研究者が調べたところ、ほとんどの国で、女性の理科の成績は男子と同等か、それ以上であったという。男女で違ったのは得意分野で、女子は得意な科目として読解、数学、理科の順で挙げ、男子は数学、理科、読解の順で挙げた。つまり、理数の成績は男子と変わらず、苦手ではないものの、それ以上に読解を得意とする女子が多い、ということだ。
こうしたことから、女子全員を理数系に進むよう促す施策は非効率であり、理数系が得意で好きであるにもかかわらず、理数系を選ばない女子にターゲットを絞って施策を練った方が効果的という意見も出ている。
女性活用策
アメリカでの女性活用を推進する例は、昨年『世界的なサイバーセキュリティ人材』で、一部紹介した。女子に対する性役割的刷り込みを減らすために、低学年から女子が理数に興味を持つような試みが以前から行われているが、なかなか効果が上がっていない。
今回は、アイルランドやイスラエルでの例を取り上げた。とくにアイルランドの試みは、IT業界で経験のある女性にターゲットを絞っており、短期間で戦力にできるというメリットがある。日本でも、女性の職場復帰を支援する企業は増えているが、複数の企業が協力して、人材開発・発掘に着手している点が興味深い。それも受講生は、今のところ40代以上が中心であり、男性に対しても応用できるのではないかと思われる。
アイルランド
アイルランドでは、IT分野で1万2000人以上の求人が埋まらないといい、今後5年で7万人以上の人材が新たに必要であるにもかかわらず、新卒は、その半数ほどを満たすのみであるという。
一方、IT業界就労者における女性の比率は25%ほどで、業界で働く女性の41%がキャリア途中で脱落するため、業界経験のある女性を呼び戻す試みが始まっている。
女性の職場復帰支援に努めているのは、ICT企業の技術スタッフの人材開発・養成を行うICT企業のコンソーシアム、Technology Ireland Software Skillnet だ。Skillnetにはソフト・デジタル企業300社以上が参加し、企業による協賛金以外に、国の職業訓練監督局から補助金を受けている。
Skillnetでは、2017年にWomen ReBOOTというプログラムを開始した。これは、ITスキルや経験を持つ女性が仕事に復帰できるよう、下記のように、最新技術やビジネススキル、業界知識などの教育とともに、就職斡旋も行うものだ。
2)マンツーマンのコーチング
3)最新のIT環境や職場に慣れるために、メンタリング企業でOJT、面接の練習
4)毎月、ゲストスピーカーや業界のロールモデルによるセミナーで自信のつけ方、キャリアや就活に関して学び、他の参加者とも交流
受講生の60%が40代、30%が50代であり、90%が40代以上である。受講生全員が大卒以上、またはICTで何らかの資格を有し、30%が修士号などを有する。IT分野での経歴は平均8年で、プロジェクト管理、ビジネスアナリシス、ソフト開発、QA・テスト、ITサポート、UX/UI、データアナリティックスなどで実務経験がある。
同プログラムには、アクセンチュアやマイクロソフト、SAPなど20社が参加しており、修了生の雇用先となっている。なお、参加企業の60%で、女性が技術職に就く割合は20%未満である。
これまで26人がプログラムを修了し、80%が修了後すぐに、ソフトエンジニア、プロジェクトマネジャー、スクラムマスター、テクニカルサポートエンジニア、QA・テスト職などに就職している。同プログラムでは、今後、さらに100人を支援する予定である。
また、今後、すでにIT業界で働く女性がリーダーとして活躍するのを支援するためのプログラムや、ITにおける女性に関する調査を行ったり、女性ITリーダーフォーラムなども開始するという。
イスラエル
イスラエルのIT業界では、1万20000~1万5000人の人材が不足していると言われ、詳細は、『世界のIT人材事情-人材不足国(1)』で紹介した。
イスラエルの開発者の大半(74%)が男性で、かつ国防省の技術・インテリ部門の卒業生で占められている。一方、女性は23%、アラブ系1.4%、超正統派ユダヤ系は1%未満である。
アラブ系は、大学コンピューター科学専攻学生の17%ほどを占めるにもかかわらず、IT業界就労者の2%を占めるに過ぎない。アラブ系は兵役を免除されているため(志願することは可能)、ITスキルを習得する場が少なく、かつアラブ系が入学するのはエリート大学ではないため、就職に不利と働くという要因がある。
IT人材が枯渇する中、こうした少数派を養成しようという試みが、首都エルサレムで、昨秋、始まった。エルサレムには、450社近くのIT企業、22の研究開発センターがあり、2025年までにIT職が5000人分増えると見られている。
「エルサレムのハイテク人口におけるアラブ系および超正統派系人財促進のためのプログラム」では、 コンピューター科学専攻のアラブ系20人、超正統派女性20人を選び、実務経験を中心にした4ヵ月の初級レベルコースで養成しようというものだ。この3年で250人を養成し、就職支援も行う。うまく行けば、初級レベル以外のコースも提供するという。
同プログラムは、エルサレム市開発局が企画し、民間企業が技術教育を提供、エルサレム本社のIT企業数社が協力して、カリキュラム開発やスキル開発、メンターや講師の派遣を行っている。また、アラブ系団体や超正統派女性団体が学生の就職支援を行う。資金は、複数の財団が提供している。
グーグルイスラエルやウエスタンデジタルでは、同プログラムをエルサレム以外にも拡大する意向だという。
エルサレム市の人口は、37%がアラブ系、24%が超正統派、39%が他のユダヤ系から成るが、この人口構成は、2040年のイスラエルの予想人口構成に類似しており、将来、国が直面する問題の解決策を今から探る意図もある。
・若い女性向けアプリ開発プログラム
ITを社会的に役立てるために発足したプログラム、Carmel 6000では、(※1)若い女性が高齢者や障害者の支援など福祉のためのアプリ開発プロジェクトに携わっている。参加者は、6週間のプログラミング集中コースを受講した後、シスコやインテルなどからのメンターとともに開発に携わる。2017年に試験プログラムで成功を確認した後、2018年には30人の主に超正統派の10代~20代の女性が参加している。
超正統派の女性は兵役を免除されるため、ITスキルを習得する機会が少ない。そこで、プログラミングやエンジニアリングに携わる女性を増やす意図もある。
Carmel 6000は、イスラエルで100校以上の学校を経営するアメリカのシオン主義団体が主催しており、イスラエル外務省から50万ドル以上の補助金も受けている。提携企業は、同プログラムからの人材リクルートに期待している。
※1 イスラエル参謀本部諜報局情報収集部門のエリート部隊(主に21歳未満の軍人から成る)、8200を真似たもの。
東欧・ロシア
ヨーロッパでは、IT部門で働く女性の比率が一番高いのは、東欧である。女性の比率は、EUの平均が32%だが、20ヵ国以上が平均を上回っており、リトアニアでは46%、ブルガリアでは45%に達している。
これはソ連時代の男女平等教育かつエリート教育の名残りで、ソ連時代、優秀な生徒は、男女同数、特別な数学の学校に送られた。そのため、女性のエンジニアや科学者が多数生まれ、エリートとして、女子のロールモデルとなった。今も、数多い女性の数学教師が、女子生徒に大学でコンピューター科学を専攻するように促すという。
ソ連崩壊後のロシアでは、教師の質が下がり、昔のような教育は受けられないと言われるが、今も、週末に政府主催の無料または低料金の”数学キャンプ”が開かれ、数学に秀でた生徒が有名大学の教授から学ぶという。
なお、アメリカでは、ここ数年、ロシア人が始めたロシア数学学校が、公文式のような形で各地に開校されている。元々、アメリカの数学教育が子供に合わない(レベルが低すぎる)と考えたロシア人親が始めたものである。
・働きやすい職場環境作り
ブルガリアでも、IT人材は不足しており、その影響で、とくに大企業では女性が昇進しやすくなっており、給料も高騰している。社員をつなぎとめるために、企業ではフレックスタイムや在宅勤務、有給増加などワークライフバランスを重視した福利厚生を提供せざるを得なくなっている。
情報サービス産業協会(JISA)によると、2017年時点で、日本の女性ITエンジニアの割合は16%であった。入社から10年以内に約50%の女性社員が退職するといい、男性社員よりも10ポイント以上高い。(※2)
退職した女性社員は、より職場環境の優れた企業に転職するケースが多く、働き方改革が叫ばれる中、やはり、男女ともに社員をつなぎとめるには、職場環境を改善していくしかないのだろう。
なお、アメリカでも、IT職では女性の離職率が男性よりも45%高く、一番の理由として敵対的な職場環境が挙げられている。アメリカでは、有給の育休は法律で義務付けられていないため(義務付けられているのは無給の育休12週間)、無給の企業も40%以上あるが、より長い有給の育休を提供する企業が出始めている。
※2 IT分野で10年も勤めれば十分であり、よりよいチャンスを見つけて転職するのは、当然のように思われるが。日本の大企業が、未だに社員に何十年も働いてもらうことを期待しているとすれば、そちらの方が問題では…
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