日本におけるネパール人就労者
下記のグラフに見るように、日本で就労するネパール人は、2018年10月時点で81,562人で、中国、ベトナム、ブラジル、フィリピンに次いで5番目に多い。(※1)ネパール人在留者の数は急速に伸びており、10年前に比べ10倍に増えている。なお、沖縄では、ネパール人が一番多く、外国人就労者の25%を占めている。
※1.厚生労働省『「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)』
日本で働くネパール人の絶対数は多くはないのだが、就労者の在留資格を見てみると、「専門的・技術的分野の在留資格」の割合は11%(9,800人)で、フィリピンはもちろんのこと、ベトナムよりも高い。ネパール人の在留資格で一番多いのは、80%(65,000人)の「資格外活動」で、どくに「留学」が45%(45,000人)と際立って高い。
高等教育機関における留学生数では、ネパール人は15,329人で、中国とベトナムに次いで三番目に多く、ネパール人は、就労者に比べて留学生数が多いという特徴がある。(※2)
日本での就労動機
ネパール人が日本で働く理由は、母国よりも何倍ものお金が稼げるからに他ならない。ネパールは、アジアで北朝鮮とアフガニスタンに次ぎ、最貧国の国である。国民一人あたりのGDPは、2年前にやっと1000米ドルに達したくらいだ。
2018年に改定された同国の最低賃金は、月13450ルピー(1万3000円弱)であり、平均的賃金は、男性で月2~3万円ほどで、女性はさらに低い。(※3)管理職で、年収100万円ほどで、IT技術者であれば100万円近く稼げるようである。
※2.日本学生支援機構『平成30年度外国人留学生在籍状況調査結果』 高等教育機関における留学生受入れ状況
※3.Central Bureau of Statistics
<就職難>
ネパールの失業率は、2019年、11.4%であったが、不完全就業率(もっと働きたいが週40時間未満しか働けていない人たち)は39%にのぼっている。また、労働参加率は、わずか38.5%である。(※4)つまり、働きたくても働けない人たちが多数存在するということだ。
その最大の理由は、雇用の受け皿となる産業が育っていないことにある。ネパールの主要産業は、サービス業と農業であり、人口の大半が地方に住み、労働人口の64%が農林漁業に従事している。
<海外就労>
そうした理由から、ネパールの労働人口の4割ほどが海外で就労しており、フィリピンと並んで、ネパールは世界有数の”出稼ぎの国”である。
海外就労者によるネパールへの送金額は年々増え続けており、2018年に81億米ドルに達した。これは、同国のGDPの28%にあたる。
フィリピンと同様、国民の海外就労を管轄官庁として、労働雇用・社会保障省内に海外雇用局が設けられており、ネパール人が海外で働くためには、海外雇用局から労働許可を得る必要がある。
現在、500万人以上のネパール人が、海外で就労しており、2018年には、136ヵ国で働くために、新たに50万人以上が海外就労許可を得ている。
渡航先は、インドが最も多いが、インドとの国境はネパール人は行き来が自由のため、どれだけのネパール人がインドで就労しているかは、ネパール政府も把握できていない。
インド以外では、大半がマレーシアと中東(サウジアラビア、クエート、UAE、カタール、バーレーン、オマーン)で就労している。マレーシアでは、多数のネパール人就労者が亡くなっており(2108年度だけで364人)、かつ仲介業者に高額の費用を請求されることから、一時、マレーシアでの就労は禁止されていた。しかし、昨秋、二国の政府間で新たな合意に達し、就労が再開されている。
次に死亡者の多い中東でも、過酷な労働環境が懸念されている。数年前、虐待問題が表面化し、ネパール人女性が中東で家政婦として就労することは禁止されたが、不法で就労する人が後を絶たず、さらに危険な状況に置かれている。
・日本への期待
こうした中、日本を含む、新たな渡航先に期待が寄せられている(同時期、ネパール人就労者が3人”しか”亡くなっていない日本は、安全と考えられている)。
昨年、日本政府とネパール政府との間で、特定技能人材に関する覚書が交わされ、地元では期待が高まっている。数年前、日本政府が「出稼ぎ留学生」の入国審査を厳しくしたことから、日本語学習ブームはいったん下火になったが、特定技能枠の新設により、再燃している。
ただし、昨秋、ネパールでは、初の介護人材試験が行われ、日本語評価試験は497人が受験して56人が合格したものの、技能評価試験の合格者は皆無であった。この結果を受けて、ネパール政府は、日本政府に技能評価試験の簡素化を求めている。
※4.15歳以上の人口2074万人に対し、708万人が労働市場に参加。
ネパールの就活事情
大学事情
ネパールでは、貧困などの理由で、中退率が高く、中等教育修了の割合は、2016年時点で55%と低い。また、大学進学率は10数%に留まっている。
ネパールで、大学教育が一般庶民に開かれたのは1959年と遅く、また1989年まで、大学は、国立のトリブバン大学(Tribhuvan University)しか存在しなかった。同大学はネパール最大で、全大学生の8割近くが学んでいるという。
大学に進学するには統一試験を受けなければならないが、その点数によって入学できる学部が決まる(インドも同様)。成績がよい順から、医学部や工学部で、そうした学部に入れない学生が文系に流れる。
ネパールでは、修士課程以上がある大学は稀で、博士課程があるのは、全大学キャンパスの1%未満である。そのため、大学院に進学するには、おのずと海外に出ることになる。
なお、ネパールでは、大学の授業は英語で行われる。私立の学校では、小学校から英語の教科書が使われ、教師も英語とネパール語で授業を行なう。そのため、私立に通っている生徒は、中高でも英語は堪能である。(実際にネパールで中学生と話をしたことがあるが、アメリカ人と話すスピードや語彙で普通に会話ができる。)公立でも、小学校から英語の授業があり、概してネパール人の英語力は高い。
就職のための留学
こうして、ネパールでは、高等教育や就労の機会が限られているため、海外行きを希望する若者が多い。海外で就職するには、国内最高峰でも世界的に無名(ランキングが1000位以下)の大学より、海外の大学を出た方が有利だという考えもある。
海外に留学するネパール人は、年々増えており、7年で7倍の伸びを見せている。全学生における留学生の割合は、世界的に留学生の多く輩出している中国やインドよりも高い。
ネパールでは、2018年に32万人以上が留学許可を申請し、そのうち高等機関を志望したのが6万人ほどだった。
高等機関の留学先として一番人気はオーストラリア(36,000人)で、日本が、それに次ぐ(8,500人)。オーストラリアは学生ビザが取得しやすい点、かつ留学生がアルバイトをできる点が好まれている。現地でアルバイトをしなくてよいほど経済的に恵まれた学生は稀なため、「留学中に現地で働けるかどうか」は、留学先を決める上で大きな要因となる。なお、オーストラリアでは、学生ビザ保有者は、学期中は週40時間まで、休暇中は無制限に働くことができる。
こうした留学生は、卒業後に帰国しても、留学にかけた費用を取り戻すだけの仕事がネパール国内にはない。そのため、留学後は、そのまま現地で就職できるかどうかという点も、留学先を選ぶ上で重要となる。
また、ネパールの留学生の特徴として、文系よりも理数分野を専攻する学生の割合が非常に高い点がある。ネパール国内では、大学進学統一試験の成績上位者しか工学部に進めないことや、国内では理数分野がまだ発達していないことが理由として考えられる。
就活事情
ネパールの大学は7月末~8月に始まり、卒業時期も同じ時期である。そもそも企業自体が少ないので、大学を卒業しても就職できるのは、ほんの一握りであり、就職時期は人それぞれである。
定期的に採用があるのは、公務員くらいで、あとは人気の就職先ほどコネで決まると言われる。また、実務経験が問われるため、新卒がコネなしで就職先を見つけるのは、きわめて困難である。
先に述べたように、海外の就労には海外雇用庁を通すことが義務付けられているが、就職サイトでも、海外の求人情報が多数掲載されている。
ネパールの大学と提携し、直接、エンジニアなどを採用する日本企業も増えており、在学中から日本語を勉強するなど、日本での就職準備をする学生もいる。
ネパールで大学を卒業していても、日本で働くために専門学校に入り直すネパール人もいれば、ネパールで教師として働くより、日本の飲食店などで働く方が稼げるという理由で、大卒でも日本でサービス業に就くことを選ぶ人もいる。
「日本では、努力すればチャンスをつかめる。ネパールには、それがない」と言う在留ネパール人もおり、ネパール人の間では「ジャパニーズドリーム」は、まだ健在である。
掲載内容は、作者からの提供であり、当社にて情報の信頼性および正確性は保証いたしません。