前回に引き続き、テレワーク導入および運用にあたっての課題と、その取り組みについて報告するが、今回はIT以外の面を取り上げる。
米人材マネジメント協会(SHRM)が、4月に2200人以上の会員(人事担当者)を対象に行ったアンケート調査では、71%が企業としてテレワークへの移行に苦労していると回答している。また、65%が「社員の士気を維持するのに苦労している」とも答えている。これは、とくに社員500人超の企業の方が、小規模企業よりも顕著であった。やはり4月に、アメリカ企業の上級管理職とその部下900人を対象に行われたアンケート調査では、回答者の67%が在宅勤務では「ワークライフバランスが取りにくい」、36%が在宅勤務が始まってから「労働時間が増えた」とも回答している。さらに、後述するように、テレワークが長引くほど、悲壮感や疲れにさいなまれ、バーンアウトする人が増え、メンタルヘルス(精神衛生)の問題が浮上している。
コミュニケーション
各アンケート調査で、テレワークでは、同僚や取引先などとのコミュニケーションやコラボレーションが取りにくいことが問題として浮上している。
ルールの設定
テレワークの導入に対して、もっとも声高に語られているのは、「テレワーク指針・規則」をきちんと作成するというものだが、コミュニケーションに対しても同様で、まずルールを設定し、それを社内で共有することが重要とされている。これは、どういった情報を誰と共有すべきで、どういったメッセージをどのツールを使って、いつ送るのか、届いたメッセージに対して、いつまでに返信すべきなのかということで、「それくらい言わなくてもわかるだろう」と高をくくらず、細かく規定するということである。これには、自分は、いつオフラインなのか、返信不可能なのかを明示させるといったことも含まれる。
日本でも、Slackなどの社内コミュニケーションを利用する企業が増えているが、こうしたツールを利用する際のエチケットも予め設定しておくことが、円滑なコミュニケーションの鍵となる。
交流の促進
社内コミュニケーションをスムーズに行う、チームワークを図るという点で、テレワークを以前から行っている企業が口をそろえて言うのが、「バーチャルでは、職場ですれ違いざまに他愛のない会話をするといったことができないので、オンラインでも社員同士がカジュアルに交流できるきっかけや場所を設けることが重要」という点だ。
職場の廊下で立ち止まっておしゃべりをするような感じをオンラインでも再現させようと、さまざまな工夫が見られる。たとえば、社員が好きなときに立ち寄っておしゃべりできるよう、一日中開いているZoomルームを設けたり、Slackで趣味に関するチャネルを作ったりという試みだ。ビデオ会議の前に早めにログインし、他の参加者と雑談したり、「10分、雑談しよう」とチームに声をかけて、オンラインツールで他愛ない話をすることが、チーム作りに欠かせないという。雑談の中から新たなアイデアが生まれるということも多々あるからだ。
バーチャル読書クラブやレシピ交換会、動画コンテスト、夜間にゲームやトリビアなどのオンラインイベントを行うという企業もある。日本では「オンライン飲み会」が普及したが、毎週金曜には、世界各国の社員を集めて「グローバル(オンライン)ハッピーアワー」を行なうという企業もある。欧米では、「オンライン飲み会」よりも「バーチャルコーヒー」が人気で、「ちょっとお茶しない?」と言って、同僚だけでなく取引先ともバーチャルで会話に花を咲かせたりしている。週に数時間はチームメンバーとバーチャルコーヒーをするよう推奨するIT企業もある。
社員同士の親睦を図るために、チームメンバー以外の社員や他の部署の社員など、日ごろ接点のない相手とランダムにペアを組んで(半強制的に)交流させるSlackのボットを使っている企業も少なくない。チームミーティングで、毎回、違うメンバーが、プライベートでの話をシェアするようにしている企業もある。アメリカでは元々、職場にプライベートを持ち込む傾向があるが、ビデオ通話を通じて、お互いの自宅の様子もうかがえ、後ろに子供やペットが映って同僚のプライベートを垣間見ることで親しみを得るという効果もあるという。また、テレワークで節約できた事務所経費で社員を世界各地に飛ばせて、1週間、他の社員と協働させるという企業もある。一度、対面することで、オンラインでのやりとりが向上するという。
マネジメント
すでに日本でも行われているが、まず今回、初めてテレワークを導入する企業、また初めてテレワークをするという社員に対し、テレワークに関する教育は必須だろう。アメリカでは、今回のパンデミックで、公共部門で一気にテレワークが進んだが、急遽オンライン研修を製作して、職員にツールの使い方などを指導し、管理職に対してはテレワーク職員の管理方法について研修したという自治体もある。
テレワークに慣れた企業でリモートチームをうまく運営できている人たちは、毎日、部下と何らかのコミュニケーションをとっているという。一人で働いている社員なら一対一の通話でもいいし、チームであればチーム全体と話をする。対面でない分、部下と頻繁に対話すること、社員が質問や相談をできる何らかのプラットフォームを提供することが重要視されている。
とくに初めてテレワークをする社員や一人住まいの社員には、疎外感や孤独感を感じさせないように、定期的に社員に声をかけるようカレンダーにリマインダーを設定しておくという上司もいるくらいだ。これは、仕事の進展などをチェックするためではなく、「忘れてないよ。気にかけてるよ」ということを伝えるためのものである。また、社員がバーンアウトしないよう、PCから離れて外に出て散歩をしたり、リラックスしたりするのを促したり、終業時間になったら部下に合図をするという上司もいる。
・マイクロマネジメントは逆効果
テレワークに慣れていない企業は、厳しいテレワーク規則を設定しがちだが、それによって社員に余計なプレッシャーをかけることになる。アメリカでも、テレワークの増加とともに社員監視ソフトの需要が増えたが、社員の反感は強い。以前からテレワークを行っている企業は、社員をマイクロマネージすることは逆効果で、生産性の低下につながるという警鐘を鳴らしている。必要なのは、目標を定めて成果によって管理することである。
・先進的取り組み
100%リモートの企業(通常ソフト開発などのIT企業)では、「リモート(テレワーク)担当マネジャー」を設けている。そうした企業では、テレワーク運用はフルタイムの仕事であるからだ。
また、テレワークが中心となった先進企業では、これまでとは違った新たな組織形態が必要と認識し、継続的に変わり続ける状況に対応しながら、チームメンバーのスキルを拡張し協働する自治的なチームを作るというAIを使った「拡張組織」を目指す企業も出てきている。
テレワーク向け福利厚生
日本でも、企業向け福利厚生サービスとして、テレワーク向けオフィス家具の販売を行う企業があるが、テレワークが普及するとともに、福利厚生の内容を変える企業が出てきている。テレワーク向けオフィス家具購入のために手当を出すというのも、その一例だ。テレワーク中、社内食堂や社内カフェが利用できない分、宅配ランチの注文に使える食事補助や、チームメンバーとのオンラインランチを促進するために食事補助を提供するという企業もある。企業が予算を設定して、社員やクライアントが自分でパーソナライズしたスナックを自宅で受け取れるというサービスを提供するスタートアップ企業も登場している。
・メンタルヘルス
日本でも「Zoom疲れ」が問題視されているが、これはもともと、英語の”Zoom Fatigue”が日本語に訳されたものだ。毎日、何時間もスクリーンに向かって、顔の表情やボディランゲージを読みにくい環境でコミュニケーションを取るのは、対面でのやりとり以上に疲れるという。アメリカで、1000人以上のテレワーカーを対象に行われたアンケート調査では、45%が「テレワーク中の方がミーティングが多い」、40%が「ビデオを通した会話で精神的に疲れる」と回答している。別の同様のアンケート調査でも、回答者の3割以上が「毎日のビデオ会議に疲れる」「ストレスを感じる」と答えている。
また、7月に求人サイトのMonsterが行ったアンケート調査では、テレワーク中に「バーンアウト(燃え尽き症候群)の症状がある」という人が69%に達し、5月の調査に比べ18ポイント上昇していた。それにもかかわらず、59%が通常よりも「休憩時間・休暇が少ない」、42%が「有休・休暇を取るつもりはない」と答え、やはり5月の調査時よりも増えている。別の調査でも、テレワーク中は「病欠を取りにくい」という社員が多く、労働時間が長くなり、働きすぎる傾向が認められている。見られていない分、ちゃんと働いているということを証明するために頑張りすぎてしまう傾向があるようだ。とくに失業率が11%を超えているアメリカでは、失業しないためにも、自分の存在感を証明する必要を感じる人たちがいる。
そうした中、企業向け社員健康増進プログラムのオンラインサービスが盛況である。関節炎や糖尿病などの持病から、不眠やリハビリ、子育てに関する相談まで、社員はオンラインで個人またはグループセッションを受けられる。また、テレワークの増加で、家族向けのサービスが充実し、子供向け夏休みバーチャルキャンプやペット一緒にできる運動プログラムなども提供されている。
ワークライフバランス
アメリカで行われたアンケート調査(大企業・中企業の中間管理職・上級管理職対象)に、パンデミック以前からテレワークをしていた人(20%が常時、14%が時々)と、そうでない人との違いを見たものがある。今回、初めてテレワークをした人が対応に困っているのは、「気が散る」が63%で最も多く、「ワークライフバランスを取るのがむずかしい」(36%)、「コラボレーションやコミュニケーションがむずかしい」(31%)が、これに続いた。
なお、「ワークライフバランスに満足している」という人は、ベテランでは50%であったのに対し、初心者では15%のみで、テレワークで「バーンアウトしている」という人も、ベテランの8%に対し、初心者では32%だった。今回、初めてテレワークをした人の方が慣れるのに戸惑っている様子がうかがえる。
育児・家事との両立
5月時点でパンデミックが原因で世界の大半の国で学校が休校し、子育てとテレワークの両立も課題になっている。未だ感染が拡大しているアメリカでは、各州で7~8月からの新学期(新学年)は教室で授業を行なうかどうかで州政府と教師の間で激しい攻防が繰り広げられている。州政府は、親が仕事に戻れるよう教室での授業を再開させたいのだが、教師は感染リスクを恐れ、授業再開を阻止するために州政府を提訴している教員組合もある。
今月、新学期が始まった州では、子供を登校させる親から「(共働きや一人親で)子供の世話をしてくれる人がいないので、登校させるしかない」という声が聞かれる。3月から4月にかけ、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス5カ国の3000人以上の18歳未満の子供をもつ就労者を対象に行なわれたアンケート調査(※1)では、回答者の60%が「子供の世話や教育に関し外部からの助けがない」、10%は「パンデミック以前よりも助けが得られなくなった」と答えている。アメリカでも、感染を恐れ「ベビーシッターのなり手がない」という事態が起きており、職場に復帰したくても、子供が在宅のためテレワークを続けるしかないという人たちもいる。(※2)
また、上記の5カ国での調査では、パンデミック発生以前に比べ「家事や育児、教育に費やす時間が週に27時間増えた」という。とくに女性の負担が大きく、男性よりも平均して週に15時間多く費やしている。回答者の半数近くが、「負担が増えた分、仕事の生産性が低下したと感じている」と言い、家事や育児が仕事に影響を及ぼしていることがうかがえる。
・柔軟な対応
ヨーロッパでは社会保障も充実し、政府主導でワークライフバランスを推進してきた結果、柔軟な働き方が根付いている国が多いことは、以前、報告した。一方、アメリカは企業任せであり(※3)、企業や上司が「社員のニーズに柔軟に対応すること」というアドバイスが主流である。管理職向けのオンライン研修で、「社員が仕事と育児を両立できるよう、勤務スケジュールをいかに調節するか」という内容を盛り込む企業もある。
日中に育児や介護が必要で仕事を中断する必要があれば、特別なことではなく、”あたり前のこと”として応じるべきであり、ポストコロナでは「通常の日」というものは存在しないことを肝に銘じるべきだという。たとえば、会議や協働などで全員がそろわなければならない状況があれば、それは午前11から午後2時に設定し、それ以外の時間は、個々の社員が選べるようにする、週初めの会議は、子供の世話で忙しい午前でなく、午後にするといった、ちょっとした工夫が推奨されている。
・マイクロスクール
アメリカでは企業だけでなく、親自らが保育・教育問題解決のために工夫を重ねている。数人の親が集まって、(参加者の自宅など)場所を確保し、教師や家庭教師を雇って子供の教育を託すマイクロスクール(”School/Learning/Teaching Pod”とも呼ばれる)が各地で広がりつつある。(※4)参加者を数人に限ることで、感染リスクを抑えるとともに、自宅で孤立せずに他の子供と交流する場が得られるというメリットがある。外部から教師を雇うのではなく、親が交替で教えたり、子供の年齢によっては教育より子守りがメインの場合もある。フェイスブックグループで、参加者を集めたり、マイクロスクール運営に関するアイデアの交換が行われている。
※1.従業員100人以上の企業に、少なくとも週10時間勤務の就労者。
※2.子供を3人抱え、新学期に学校が開校されなければ、「子供の世話をしながらテレワークするのは、もう耐えられないので、仕事を辞めて一年ハワイに引っ越す」という一家も。
※3.アメリカでは、有休や育休は法律で企業に義務付けられていない。一時帰休中の給与保証も。
※4.日本の「マイクロスクール」とは少し違う。テクノロジーの活用などは定義に含まれない。料金は子供一人あたり月に10数万円~20万円を超すものもある。なお、アメリカではベビーシッターを雇うのにも、それくらい必要である。
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